蟹工船の航路
小林多喜二の小説『蟹工船』がベストセラーになっている。
中でもフリーターや派遣労働者など、正規雇用職を望んでも就業がかなわず、低劣な労働環境にあえぐ若者が、自分たちの姿に重ね合わせて読んでいるのだという。学校の文学史の授業や受験勉強で、『蟹工船』をプロレタリア文学の名作として記憶させられたものだが、この種の本はテーマが重々しく敬遠しがちなもの。それが最近ブームになっていると知り、青空文庫で読んでみた。
発表されたのは1929年(昭和4年)という世界恐慌が勃発した年。日本でも、新興資本家が台頭する一方で、深刻な経済不況が影を落としていた時代。そして小説の舞台は、函館から間宮海峡を抜けてカムチャッカ半島周辺のオホーツク海に至り、蟹漁を行いながら水揚げした蟹を船上で加工・製缶する「蟹工船」である。各地から仕事を求めてやってきた約300人の貧しい労働者たちが乗り込んだ船は、老朽化が著しい。北洋の厳しい時化の中でも、かまわず1日10時間以上にも及ぶ危険と隣り合わせの作業を強いられる。くたくたになった肉体を休息させる場所は、通称「糞壷」と呼ばれる船底の大部屋で、蚤や虱が大量に発生し不衛生きわまりない。
親会社の命を受け、労働者達を暴力的な振る舞いで酷使するのが浅川という現場監督。仲間の工船が沈没しかけているのに、「保険金が入るので会社が儲かる」と160人もの命を見殺しにする血も涙もない冷酷な人物である。海上にいるがゆえ逃げ出すこともできない労働者たちが、命を削る日々を送りながら次第に理不尽さに不満を募らせ、サボタージュを始める。そしてひとりの学生の先導で団結し、待遇改善の要求を突きつけて浅川を糾弾しようとするが、一枚上手の浅川の返り討ちに遭い、あえなく首謀者たちは、会社側の要請によって船に乗り込んできた軍人たちの手で検挙されてしまう。しかし、労働者たちは団結を強化し、再び立ち上がろうとする。
多喜二の筆致や微に入った描写は生々しく迫力があり、
当時の下層労働者の悲惨な就業実態を緻密な取材に基づき、浮き彫りにしたものと分かる。読み進めていくうちに哀れな労働者たちへの同情が募り、思わず浅川への憎悪が湧く。白樺文学館・多喜二ライブラリーが無料公開しているマンガ版の蟹工船を併せて読めば、凄惨な情景がいっそうビジュアライズされて迫ってくる。
プロレタリア文学は、共産思想と結びついて労働者の権利向上や社会改革を目指したが、治安維持のために手段を選ばない当局によって厳しい弾圧を受ける。多喜二も文学を通じた反権力的活動や労働運動が、特高警察の厳しい取り締まりを招き、拷問の末獄死するという非業の最期を遂げたのが痛ましい。
資本家・金持ち層と貧困層間の「やるせない格差」や閉塞感は、今の状況と確かに合致する点があるが、表現の自由や人権感覚が一般的には成熟した現代にあって、我々は蟹工船の時代と比べてまだ“生きやすい世”にいることを実感した。
6/1/2008