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作詞家阿久悠氏が、先日尿管ガンで亡くなった。尾崎紀世彦やピンクレディー、沢田研二、八代亜紀などのヒットソングをはじめとして、
ポップス、アイドル歌謡、演歌、さらに『ピンポンパン体操』『ウルトラマンタロウ』等、子ども向けの歌までジャンルを問わず、幅広い流行歌を長年にわたり量産し続けた。 (阿久悠主要作品リンク集)
ヒット曲が生まれるにあたっては、メロディがよかったり、歌詞が秀逸だったり、歌い手自体の人気によるものだったりいろいろ要素があるが、まずは曲の印象が大きいのではないだろうか。しかし、追悼番組で阿久悠作品の詩の巧みさや情感の深さをあらためて感じてみて、歌詞のよさが旋律の味わいを引き出すことも多いと思われた。
どのようにして、人の心の琴線に触れることばを紡ぎ出してきたのか。想像力豊かな天才の特別な技能のように思えるが、阿久悠氏は常日頃メモを手近かに置き、ひらめいたフレーズがあると、夜中でもやおら起き上がって書きとめていたという。
最近、歌の中の詩が人々に力をもたらした顕著なケースとして、新井満作詞作曲の「千の風になって」の大ヒットがある。
文藝春秋9月号で新井氏自身が、『「千の風になって」誕生秘話』を寄稿しているが、4年前のこの曲の出版以来、新井氏の元には「勇気と希望をありがとう」という読者からの感謝の手紙が、絶えることなく届いているそうだ。
この作品は、若くして妻をなくした友人のために新井氏が書いたもので、最初「1000の風」なる作者不詳の西洋詩の訳詩を見つけて、すぐさま曲をつけようとしたがうまくいかず、数年後に自ら訳語を書き直したうえで、作曲も仕上げたのだという。それが世間に知られるところとなり、親しい者の死を乗り越えようとする多くの人々に励ましを与え、大反響を呼ぶこととなった。
原詩については諸説あるが、どうやら3年前に98歳で亡くなったアメリカ・ボルチモアの主婦メアリー・フライという女性が1932年に書いた「Do Not Stand at My Grave and Weep」という12行あまりの詩に辿り着くようだ。彼女もまた、母親を失い悲しみにくれる知人を励ますためにこの詩を書いた。やがて、BBCテレビでも紹介されて話題となり、次第に国境を超えて世界中の人々に愛唱されるようになった。米9.11の追悼集会でも朗読されたそうだ。
阿久悠氏を偲んで、元ピンクレディーの増田恵子(ケイ)が、「歌の中で先生に会えるのだから、そんなに悲しくないのかな、とも思う。」と涙をこらえてコメントしていた。発表作品の数は5000以上にも及ぶという阿久悠氏。“千をはるかに超える風”になって人々の心の中に吹きこんでいることだろうか。
■著者:阿久悠
■出版社:新潮社
■発行年月:2004年09月▼「北の宿から」「勝手にしやがれ」「サウスポー」…流行歌のひと節を思い浮かべるだけで、鮮明に浮かび上がってくるあの時代―歌謡曲を通して日本人の心を見つめるエッセー集。
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