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ボストン・レッドソックス

バンビーノの呪い

ボストンは自由の国アメリカ合衆国の歴史発祥の地で、市街にはその名残をとどめる史跡が数多くある。多くの観光客が、ガイドブック片手に路上に描かれた赤い線「フリーダムトレイル」を辿り、歴史散歩を楽しんでいる。

地下鉄を駆って、ボストン美術館ジョン・F・ケネディ・ライブラリーベーブルースその他近郊の名所旧跡を巡ることも容易だ。観光スポットは枚挙に暇がないが、松坂大輔がレッドソックスに移籍した今年から、ホームグラウンド フェンウェイパークでの野球観戦も、ボストンを訪れる日本人には欠かせないものとなった。

ボストン・レッドソックスの創立は1893年で、メジャーリーグ球団の中でも、屈指の伝統を誇る。1910年代に全盛期を迎え、1912年から1918年までの7年間で4度のワールドチャンピオンに輝いている。

1914年に19歳でチームに加わり、翌年からピッチャーとして本格的に活躍したのがベーブ・ルース。1916年には23勝、1917年には24勝を挙げ、ワールドシリーズでも29イニング2/3無失点を達成するなど豪腕投手で鳴らした。ちなみに、ルースはこの無失点記録を自分の野球人生で一番の誇りとしていたという。バッティングにも優れていたルースは、次第に打者としての出場に比重を移し、1919年のシーズンでは、投手としては9勝にとどまったが、29ホーマーという当時のホームラン記録でタイトルを獲得している。

ところが、そのシーズン終了後、オーナーのハリー・フレジーはこともあろうに、ライバルチームのヤンキースに24歳のルースを12万5千ドルでトレードしてしまう。フレジーは1916年からチームを率いていたが、チーム経営のかたわら、ブロードウェイのショービジネスに手を染め、そちらの費用捻出のためにチームのスター選手を放出したのだ。ファンの怒り心頭な声に対して、フレジーは「ルースは法外な年俸を要求してきた。それに、これからも同じような活躍ができるか疑問だ」とベースボールマガジン誌で釈明した。結局、フレジーは1926年に球団を手放している。

ヤンキースに移籍したルースの活躍は、驚異的なものだった。1920年のシーズン、打者に専念したルースのホームラン数は何と54本。自身のホームラン記録を圧倒的に塗り替え、ニューヨークの新聞は、ルースがホームランを打つたびに1面トップで報じたという。ルースはメジャーリーグ史上最高の選手として伝説の人物となり、ヤンキースはレッドソックスに代わって黄金時代を築く。1923年以降26度のワールドシリーズ制覇を達成する。

レッドソックスは2004年、86年ぶりにワールドチャンピオンにようやく返り咲いたが、それまでの低迷は、「バンビーノ(ベーブ・ルースの愛称)の呪い」のせいだと言われ続けた。

最後の4割打者

テッド・ウィリアムスはレッドソックスが生んだ不世出の大打者である。テッド・ウィリアムス「打撃の神様」と呼ばれ、レッドソックス一筋の19年の現役生活で2度の三冠王に輝いた。通算ホームラン数は521本、生涯打率.344(500本以上のホームランを放った打者の中では最高の通算打率)という輝かしい成績を残し、1966年に野球殿堂入りしている。現役生活中、2度の兵役によって、全盛期の4シーズン余りをふいにしているのが惜しまれる。1941年にシーズン打率.406を記録し、以来メジャーリーグにおいて4割打者は誕生していない。

際立った実力とともに、長身痩躯でハンサムな顔立ちがいっそうの人気を呼んだが、激しい気性を持ち合わせていた。職人気質のかたくなな性格が原因で、地元メディアやチームメート、時にはファンとも衝突を起こした。現役最後の打席で劇的なホームランを放ち、スタンドのファンが“We want Ted !”と大歓声を送ったものの、瞬く間にダイヤモンドを駆け抜け、ファンに帽子を取って挨拶することもなくベンチに消え、最終イニングの守備は交代してしまった。

「バッティングがうまくなりますように」と流れ星に祈った少年時代そのままに、ただひたすら打撃術を追求し続けたその心の内は、『大打者の栄光と生活―テッド・ウィリアムズ自伝』(ベースボールマガジン社・1973年刊)の中で忌憚なく語られている。

引退後、ワシントン・セネタースの監督を務めたりした。その後、地元ボストンを中心に、子どもたちのためのベースボールキャンプを長年にわたって開催し、ボストンの人々から今も愛され続ける野球人となっている。

2002年に83歳で亡くなったが、2001年にメジャーデビューしたイチローについて「4割を打てる」と断言していた。

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