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「雨にけふる 神島を見て紀伊の国 生みし南方熊楠を思ふ」とは昭和天皇の残した歌。昭和4年、昭和天皇は和歌山県田辺市に行幸した際、南方熊楠から「粘菌」に関するご進講を受ける。そして、後年(昭和37年)になって南紀白浜を訪れた時、海辺に浮かぶ神島を眺めながら熊楠を偲んでこの歌を詠じた。
生涯で数多くの短歌を残した昭和天皇だが、その作品中、固有名詞として人名が現れるのは、この一首における南方熊楠だけだという。
南方熊楠(みなかた・くまぐす)は、1867年(慶応3年)和歌山市に生まれた。幼少時から驚異的な記憶力を発揮し、その旺盛な好奇心は学問への早熟な情熱に結びついていく。7歳の頃から国語辞典や図鑑の解説を書き写し始め、町内の蔵書家を訪ねては105巻にも及ぶ膨大な百科事典『和漢三才図会』
をはじめ、『本草綱目』『諸国名所図会』等を書き写しまくっている。そのやり方は、書物をかたわらに置いて書き写すというのではなく、所蔵している人の家で見せてもらったものを帰りの道中で完全に記憶し、自宅でそれらを文字と絵で再現していくという、もはや「書写」ともいえない信じられない天才技による。熊楠の残したこれらの書写物は南方熊楠記念館に保管され、展示されている。
地元和歌山中学校を卒業後、学問の道を本格的に究めようと上京し、
東京大学予備門へ入学するものの、講義に身が入らず独自の植物研究に熱中、結局程なく退学して、アメリカ留学を志す。明治初期といえば、日本政府が欧化政策を進め、官製留学により多数の俊英を欧米に派遣していた時期であるが、熊楠はそうしたバックアップもなく、実家で金物屋を営む父親を説得して、ただ自らの学問への情熱をもって留学を実現させたのが当時としてまことに稀有な例だったと思われる。
無類の酒好きとその型におさまらない破天荒な性格が災いして、勉学に励みはしたもののアメリカ留学は結局身のある結果をもたらさず、途中キューバでサーカス団に加わり遊学費用をかせいだなどの逸話がまことに熊楠らしい。
6年のアメリカ滞在後、熊楠はイギリス・ロンドンへ向かう。ロンドンで得た貴重な知己の数々により、次第にその博覧強記の才能を認められることとなる。大英博物館に通いながら図書目録編纂の職を得、一流科学雑誌『Nature』への論文投稿で評価を高め、研究も進展していく。しかしまたしても粗暴な行動によりトラブルを引き起こし、8年間のイギリス生活に終止符を打って、帰国を余儀なくされる。
帰国後は故郷和歌山に腰を落ち着け、家庭も持ちながら、粘菌を中心にさまざまなフィールドに研究対象を広げていく。民俗学者柳田國男と交流を深め、優れた論文を外国雑誌に数多く発表し、明治政府の神社合祀運動に自然保護の立場から反対運動を起こすなど、精力的な活動を行う。激しい気性で意見を異にする人との対決を辞さず、その奇行・蛮行ぶりも手伝い、学者として系統立てた成果を残していないなどの否定的な評価も残る。
しかし、中央から離れて地方に居住し、大学教授等の安定した地位や研究環境も持たないまったく在野の立場で、実力だけを頼りに研究活動を展開し続けたのが、自由奔放に生きた南方熊楠の面目躍如たるところといえる。
前述のように、熊楠は幼少の頃からありとあらゆる書物を書き写すことによって、学問への造詣を深めていったが、それは長じても変わることがなかった。大英博物館で勉強していた時も、考古学、人類学などの収蔵図書をノートに筆写し続け、英・仏・独・伊・スペイン・ポルトガル・ギリシャ・ラテン語等で書き込んだ合計52冊の「ロンドン抜書」がいまも南方邸や、南方熊楠記念館に保存されている。
熊楠は数ヶ国語を操る語学の達人としても知られるが、齋藤兆史著『日本人に一番合った英語学習法』を読むと、熊楠が一流の科学雑誌『Nature』に論文掲載を認められるほどの英語力を身につけたのは、その書写癖によるところが大きいとしている。
幼少から英文を含めた継続的な筆写の習慣が語感を養い、さらにアメリカでの大学生活でも授業にはほとんど出席せず、図書館の書物をノートに写し続ける書写・筆写を中心に据えた学習方法が、結果として熊楠の語学力に磨きをかけたのだという。
■著者: 斎藤兆史
■出版社: 祥伝社
■サイズ: 文庫
■ページ数: 187p
■発行年月: 2006年03月
▼内容(「BOOK」データベースより)
新渡戸稲造、伊藤博文、南方熊楠…満足な辞書も英会話学校もなかった時代、彼らはいかにして最高レベルの英語力を身につけたのか。話せない、読めないと悩む現代人が手本とすべき、先人たちの「学びの知恵」を探る。
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